中国プロサッカー選手の奮闘記

〜日本で育った中国人が、18歳で中国に帰って体験したこと〜

【悔しくて、情けない】一度諦めたプロサッカー選手の夢

 職業:プロサッカー選手(中国リーグ)

 

出身:愛知県名古屋市

 

自己紹介:1/4が日本で3/4が中国のクウォーターです。とはいえ、日本で生まれて18歳まで日本の教育を受けて育ったので、中身はほぼ普通の日本人です笑

残念なのは、もともと中国語レベルは0で、ニーハオとシェイシェイしか知りませんでした。多分ですが、そのような境遇の方は少なくないと思います。

 

サッカーは5歳の頃から始めました。

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小学生の頃の夢は、プロサッカー選手になること。

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小学校の卒業文集

 初めての挫折

小学4年生の頃からキャプテンを任されましたが、

中学3年の最後の年にキャプテン解任されました。 

 

これが人生初めての挫折だった気がします。

 

理由は、中学に上がってから、足も遅く、体もヒョロヒョロの自分は少しずつ試合にも出れなくなってきて、チームメイトをうまくまとめることもできなかったので、キャプテンを降ろされることになったと思います。ものすごいショックを受けたことを、今でも覚えています。

たしか、その次の日の学校で、ストレスが原因なのか目の下がピクピク痙攣してました笑

 

この時期に、いかにフィジカルを使わずにサッカーするかを考えていたので、今となっては、意味のある時期でした。

それでも大好きなサッカー

小中学生の頃は、週に3回以上は夜一人で公園に行って自主練。

何も考えず、ただただネットに向かってボールを蹴ったり、

なかなか試合に出れないチームメイトと一緒に練習するために、自転車で40分かけてチームメイトの家の近くの公園に行ってボールを蹴ったりと、振り返ってみればなかなか頑張ってました。笑

 

高校受験では3校受けましたが、スベりまくって東海学園への入学が決まりました。

結果からすると本当にこの学校で良かったと思ってます。

東海学園は県内でも強豪校なので、各所から有望な選手が集まり、切磋琢磨して毎日練習できたからです。

チーム練習後は、決まったメンバーでほぼ毎日自主練。

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自主練で上手くなる選手は少なくないと思います。

自主練の一番の違いは、監督・コーチの目を気にせず、好きなメンバーで好きな練習ができ、リラックスした状態でサッカーができるので、自然と力が抜け、良いパフォーマンスが繋がり、良いイメージができます。 

*ただ自主練は、ダラダラやってしまうと逆効果で、下手になることもあるので要注意です。

良いコーチとの出会い

入学当初は衝撃の連続で、一般入部の部員は推薦組の球拾いをさせられるなど、今思えばなかなかしんどいことをやらされていました笑

中学から同じチームでやってきた他の3人は推薦組で、僕だけ一般組で、そこでもなんとも言えない悔しさに襲われていました。

一般組で一緒にやってたメンバーも少しずつ上に上がっていき僕はどんどん置いてかれていました。

 

そんな中、当時のコーチに両親の身長を尋ねられ、

『父が185cmです』と答えました。

すると、そこから急に僕のサッカー部での出世コースが拓けました。

 

なぜそもそもコーチがそれだけの質問で僕に一目置いてくれたかというと、当時の僕は高校一年生にもかかわらず、まだ声変わりをしてなく、167cmでガリガリ。

コーチはそこに目をつけてくれて、めちゃくちゃ大きくなると考えて、今のうちに、色々経験させようと、次の日から一年生の僕を、Bチームのトップまで上げて、CBでレギュラーとして起用してくれました。

 

月日は流れ、高校2年の夏頃になって、やっと声変わりして、身長も175cmくらいになりましたが、毎日のハードなトレーニングと成長期もということもありどれだけ食べてもガリガリでした笑

この頃は毎週末明け、学校で身長を測ると0.1mmずつ伸びてました笑

 

高校3年の時には、Aチームに上がり、夏のインターハイでボランチでスタメン起用。

正直そこでのパフォーマンスは最悪でした。いわゆる全く周りが見れずに、ボールが来ても焦って何もできない状態に。。。

 

そこから選手権に向けてFWにシフトチェンジ!その時の身長は182cmくらい笑

 

そして、選手権では1回戦目で一得点して、2回戦目は途中出場、3回戦目で出場機会をもらえず、チームも負けて、引退。

今でも鮮明に覚えているのは、最後の交代枠を監督が使った瞬間に、号泣。試合終了の時には大号泣。

自分でもなんでこんなに泣いたのかはわからないけど、

終わった。。。

という気持ちは強く残っていました。

 

数日後、コーチから呼び出されて。

引退時183cmまで伸びていて、ここから体が出来上がっていくから、付属の大学でサッカーを続けないか?という事でした。

 

本当に嬉しかったし、正直、監督よりもそのコーチのことを慕っていました。

でも、正直自分に自信がなく、さらに4年間をサッカーに捧げ、もしプロになれなかった時のことを考えてしまい、結果僕は、高校2年の時から考えていた、中国留学することにしました。

この時、完全にプロサッカー選手になることを諦めました。

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次の更新するときには中国に戻っているので、中国の現状を書きます。 

 

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