中国プロサッカー選手の奮闘記

ノンキャリア組の夢と希望になれるように

2020 コロナ禍でのトライアウト

f:id:DALONGXIA:20210122214450j:image

みなさん中国や中国サッカーに対してどのような印象をお持ちでしょうか?

少しマイナスなイメージをお持ちの方もいるかと思います。       

メディアの発信する情報だけではなかなか見えない部分も多いはずです。

この場を借りて僕が中国や中国サッカーに少しでも興味がある方に向けて 

中国に来て体験したことや感じたこと、また中国プロサッカー選手としての

生活など実体験を元に書いて行こうと思っています。


できるだけ多くの方に中国と中国サッカーに興味をもってもらえれば嬉しいです。                                

尚、ご質問等がございましたらツイッターでDMを下さい。  

https://twitter.com/TatsuryuX

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

自己紹介

夏達龍(なつたつりゅう)/1993年/名古屋生まれ名古屋育ち /日本の血を引く中国人/華僑       

主な経歴                 
2012年 東海学園高校卒業(サッカー部)
2014年 上海工程技術大学入学(ファッション学科)
2018年 深圳新橋FC(中国アマ4部)
2019年 保定容大FC(中国プロ3部)
2020年 四川九牛/优必选FC(中国プロ2部)
•CWS(超ワールドサッカー)でコラム「足球日記」連載中        

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

先が見えない。
昨シーズン(2019)僕は保定容大(中国3部)に所属していました。

2019年度のリーグが終わり日本へ一時帰国したのが昨年の11月頃、12月から冬のキャンプが始まる予定でしたが全体連絡で延期が告げられました。

この時点で、資金面の問題でチームの存続危機が起きているのは知っていて、すぐに代理人と連絡をとり来季に向けてのチーム探しを始めました。

しかし、当時所属していた保定容大の解散発表がない限りチームとの契約は有効なので慎重に動き、出来るだけトラブルのないように進めました。

トライアウトを受けるチームを見つける事すら難航する中、代理人の紹介で蘇州東呉(現2部リーグ)のチーム練習に参加をすることが決まり、1月上旬日本から蘇州に向かい10日間ほどトレーニングさせてもらいました。

もちろん移動費もトライアウト費用(宿泊費・食費込み)も全て自費です。

契約してもらえるように毎日アピールしていると、深圳の3部に昇格を決めたばかりのチーム関係者から僕個人に直接連絡が来ました。

ひとまず春節までに深圳(シンセン)のチーム練習にも参加しておきたかったので監督室をノックして契約できるか単刀直入に聞きました。

当時この蘇州(ソシュウ)のチームは、2部に昇格できるかできないかまだ確定していない状況でした。

監督からは「今答えを出すことはできない」と言われ、僕はすぐに切り替えて早速次のトライアウト先である深圳壆岗(ボウガン)のトレーニングに合流することにしました。

春節の休みまで5日間ほどしかなく、とにかく短い間にできる限りアピールしました。

 

そして、2月20日にチームは春節休みに入り、監督から休み明けまたチームに合流するよう言ってもらい、強い手応えを持ちながら日本へ一時帰国しました。

この春節休み期間中に新型コロナウィルスが中国国内で爆発的に流行し、 チームの予定していた集合日時が無期限の延期になりました。

当時の心境は、とにかく不安でした。

いつになったらチームは活動できるのか、そしていつまでこの状況が続くのか、中国に戻ってから14日間の隔離生活がどういうものなのか、中国国内での移動規制はどれほど厳しく無事に戻れるのか、など考えれば考えるほど答えのわからない不安に襲われていました。

もちろんチームが活動再開しても、参加できなければ契約もできません。
なので再開の目処が立ってない状況でしたが中国に戻る決意をし、2/28に深圳へ渡りました。

隔離環境が整っているホテルで14日間過ごすことになり、隔離生活が始まりました。

ホテルの外はもちろん、部屋からも出てはいけないと言われ、毎日3回防護服を着た人が体温を測りに来るという徹底された環境でした。

 

そういう状況の中、チームの活動が再開するのを祈りながら狭いスペースでできるトレーニングをして過ごしていました。

そして、この隔離期間中に保定容大との契約解除の手続きを済ませて、  
トライアウトに専念することができるようになりました。

そして3/13に隔離生活からの解放。                   しかし、チームは未だ活動できておらず僕はチームの宿泊施設に泊まらせてもらうことになりました。

14日ぶりの外出は本当に嬉しかったです!笑

チームの施設内のグランドやジムで毎日一人でトレーニングしながら活動再開するのを待っていると、ついに4/3にチーム活動開始との連絡が来ました。

決断
活動再開まで残り数日を切った時、知り合いのコーチから連絡がきました。
四川九牛の練習参加をしないか?という内容で         

しかもそのチームは僕のいる深センの隣町でキャンプをしていました。

四川九牛は今シーズンから2部に昇格する可能性もあり、シティフットボールが所有するクラブの一つでまさかこんなチャンスが来るとは思ってもいませんでした。

深センのチームの活動再開までまだ時間もあり、翌日早速チームに合流し、いきなり紅白戦に参加するというかなりハードな展開で訛った身体を無理やり動かしました。笑

紅白戦を終え、監督からこのままチームのトライアウトに残って欲しいと言われましたが
深センのチームのこともあるので一旦深センに戻り、色々考えた結果
荷物をまとめて四川九牛に合流する決断をしました。

深センに残る方が契約の可能性は高く、もしこれで四川九牛に残れなかった場合にもう深センには戻れないと考えるとかなり大きなリスクがありました。

この時はまだどっちを優先して考えて行動すべきか迷っていました。
去年の12月から実質未所属の状況が続いていて、今すぐにでもしたい契約。

サインできる可能性の高い深センの契約書に手を伸ばすのかここでもう一つチャレンジするのか、かなり悩みました。

そのあと3日間の四川九牛での練習を終えると一旦休みに入り、その後選手は四川に再集合する予定でした。しかし、僕は四川に行くのか深センに留まるのかまだ決心できていませんでした。

もちろん四川九牛とは契約の話まではできてなかったです。
休みの間考えた結果深センのチームにはもう戻らないと連絡をして休み明けに四川に向かいました。

不安もリスクもありましたが、それを抱えてでも四川九牛でチャレンジしたいという気持ちが勝ったので決心することができました。

4/13トレーニングが再開し、契約するために必死でアピールしました。
しかし四川に来て4日後の紅白戦で左足首を蹴られ、パンパンに腫れ上がり試合続行不能になりました。

次の日も腫れは一向に引かず、針で血を抜いたり(激痛)してなんとか3日後にはチームトレーニングに復帰することができました。

それでも足首はパンパンのままで、痛みを我慢しながら休むわけにはいかないとなんとか食らいつきました。

5月に入っても契約はできておらず気持ちは焦るばかりで、他のトライアウト生が契約したという話を聞くとますます不安が大きくなっていきました。

この時四川九牛が今シーズン3部なのか2部に昇格するのかサッカー協会からまだ公表はされていませんでした。

そんな時、深センのチームのスタッフが僕を気にかけて連絡をくれました。

まだ契約できていないと報告すると、深センに残っていたらもうサインしてたよと言われました。

苦笑いしかできませんでした笑

それでも自分で決めてここまで来たので後悔はありません。

後日行われた2部チームとの練習試合で後半途中からFWとして出場してゴールを決めることができました!

報われる努力もある
そして5/20
チームの事務所に呼ばれついに契約の話をすることとなりました。

そして四川九牛と契約することができました!

さらに、その3日後にサッカー協会が

四川九牛の2部昇格を公式発表

最高の形で今シーズンのスタートラインに立つことができました。

やはりチャレンジし続けることが大切なんだと確信しました。

そしてそれを支えてくれる家族の存在がすごく大きかったです。

本当に嬉しかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今シーズンはコロナの影響で15試合しか行われず(例年の半分以下)   
変則的でしたがチームはなんとか残留を決めることができました!    

個人的な成績は全然残せず、悔しい思いばかりのシーズンでした。       

しかし本当に大きな経験ができたので来シーズン活躍できるように。   
選手としても人間としても成長できるように。             

チャレンジし続けますので応援よろしくお願いします!

そして日本からサポートしてくれる方に心より感謝申し上げます。

f:id:DALONGXIA:20210122214550j:image